まねき猫の大福帳
八重山吹(やえやまぶき)「山吹の里伝説、太田道灌とまねき猫」
庭できれいな花を見つけました。母に聞くと山吹と教えてくれました。一重咲きのもあるようですが、家のは八重咲きの品種。山吹色という色の名前はこの山吹(ヤマブキ)の花の色が由来です。
花の名が分かり山吹の里伝説を思い出しました、太田道灌が鷹狩りに出かけたところ、突然の雨に見舞われ農家で蓑(みの)の借用を申し出たところ、応対に出た若い娘はうつむいたまま、山吹の一枝を差しました。事情が分からない道灌は「自分は山吹を所望したのではない。蓑を借りたいのだ」と声を荒げましたが、娘は押し黙るのみ。しびれを切らした道灌はずぶ濡れになって城に帰りました。
家臣にその話をしところ、それは平安時代の古歌に「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」という歌があり蓑と実のを懸けています。貧しい家で蓑一つも無いことを山吹に例えたのですと言われたそうです。道灌は自らの不明を恥じ、その後歌道に精進したという伝説。
ここまではよく知られていますが道灌にはもう一つ、「まねき猫伝説」があります。厳しい戦いの後、道灌は夜道で迷ってしまいました。目の前に現れた黒猫が手招きをするので、その後をついていくと自性院の地蔵堂。そこで一夜を明かし、翌日体制を立て直して反撃し勝利。道灌は猫を江戸城に連れて帰り、可愛がり猫の死後その石像を自性院に寄贈したと伝えられています。江戸時代にこの猫地蔵の人気が高まり、この猫が、まねき猫の発祥の一つとも言われています。山吹にまねき猫、どちらも人の話や態度から謙虚に何かを知り気付くことの大切さを伝えています。
撮影日
2023.4.12
担当猫 いく
唯一手を挙げていない猫の置物。ある芸術家が作ってくれた大切な贈り物。花を通じて健全な人間を育てて「いく」から命名。手を上げられない人の声も大事にしていこうという意味も持ちます。
まねき猫の大福帳
まねき猫は私が目指しているもの。大福帳とは江戸時代に日本全国に普及した商業帳簿のことです。現在、店舗や企業、心やさしき人に向けてSNS投稿を7コンテンツ行っています。この情報に親しみや関心を持ち楽しく伝えたい。そこで、アヤックス小比企町店に実在する8匹(ペア1組)のまねき猫に名前とストーリーを与えて共に街歩きし情報を発見、収集し投稿していきます。
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